未来志向経営者インタビューサイト「新潟社長図鑑」

“すぐ行ける距離”を大切に——新発田の町に寄り添う三代目【代表 澁谷昌宏氏】

有限会社シブヤ電器

家業を継ぐつもりなんてなかった——決断のきっかけ

転機は突然やってきた

正直に言うと、家業を継ぐなんて、まったく考えていませんでした。

うちは祖父が始めた町の電器屋で、父が二代目。子どもの頃から店の存在は身近にありましたが、
自分がそこに入るイメージはまったく持っていなかったんです。弟もいましたし、「将来は弟が継ぐのかな」と、なんとなく思っていました。
私は東京の大学を卒業後、首都圏で就職し、営業の仕事をしていました。現場で経験を積むなかで、
ちょうど会社の人事部から「今度、新卒採用のプロジェクトが立ち上がるんだけど、一緒にやってみないか」と声をかけていただいたんです。
これからキャリアをさらに広げていく、そんな節目のタイミングでした。
ところがその頃、実家の状況が大きく変わりました。
弟が音楽活動に打ち込むようになり、会社を辞めたと聞きました。そして追い打ちをかけるように、父が仕事中にケガをしてしまって。
店を支える人がいない状況になってしまったんです。
祖父母からも、「一度帰ってきて話せないか」と連絡があり、久しぶりに地元に戻って家族と向き合いました。

本当に迷いました。
東京での仕事にもやりがいを感じていましたし、まだ挑戦したいこともたくさんありました。でも、家族や故郷のこと、
これまでの店の歩みを思うと、「いま、自分が動かないと、この店は止まってしまう」と感じたんです。
最終的には会社を退職して、家業を継ぐ決断をしました。
人生が大きく切り替わる、そんな転機でした。

正直、不満だらけでした

それでも踏みとどまれた理由

いざ地元に戻って、「家業を継ぐ」と決めたものの——現実は、思っていたよりもずっと大変でした。

ケガをした父は、思っていたより元気でしたし(笑)、私としては「本当に自分がやるべきなんだろうか…」と、いきなり迷いが出てきて。

それに私は、電気関係の仕事なんてやったことがない。高いところも得意じゃないし、正直、汚れる作業もできれば避けたいタイプで(笑)。
現場に出るたびに、自分がまったく役に立っていないように思えて、情けなくなることもありました。
父とは何度もぶつかりました。「もう辞めたい」なんて口にしたことも、何度もあります。

それでも、不思議とすぐに辞めるという選択はしなかった。
今思えば、それは祖父母の存在があったからかもしれません。
毎日、あたたかく見守ってくれて、「ありがとうね」と声をかけてくれる——そんな二人の姿に、何度も気持ちを立て直しました。

そしてある時、「いずれ自分が三代目として、この店を背負っていくんだ」という責任感が、ふと芽生えたんです。
覚悟が決まった瞬間でした。
ただ、覚悟を決めたとはいえ、現実は厳しい。
このまま、今のやり方を続けていても、大手の家電量販店にはどうしても勝てない。

「だったら、うちにしかできないことをやろう」
そう考えるようになったのが、次の転機でした。

やり方をガラッと変えて、覚悟を持って舵を切ったことで、私自身も、お店としても、新しい出会いや挑戦が次々と始まっていくことになります。

これは“負け”じゃない

経営者としての目覚め

町の電器屋がどんどん姿を消している——
そんな現実を、組合に入って改めて突きつけられました。

量販店に押され、価格競争に負けて、地元のお客様にも「高い」と思われる。
私自身、「なぜ給料が上がらないんだろう」「この仕事に将来はあるんだろうか」と、モヤモヤした気持ちを抱えながら、日々を過ごしていました。

そんなとき、新発田の商工会の青年部に入りました。
地域の同世代と出会い、学び合うなかで、「事業とは何か」「経営とは何か」を、初めて本気で考えるようになりました。

ある日、父と話していたとき、ふいに言われたんです。
「うちみたいな町の電器屋なんて、すき間産業だよ」って。

負けを受け入れるような、あきらめたような口調でした。
その言葉に、私は強い違和感を覚えました。
「なんでそんなふうに言い切れるんだろう」
「本当にそれでいいのか?」
でもそのとき、反論できるだけの“根拠”が、私にはまだなかったんです。

そんな中、青年部の研修で「小規模事業者持続化補助金」の話を聞く機会がありました。
その申請には、自社を見直すことが欠かせないと聞き、私は初めて真正面から“自分の会社”と向き合いました。

数字を見てみて、気づきました。
売上はあっても、利益が出ていない。
特にテレビのような家電製品は単価こそ高いけれど、販売するだけではほとんど利益になっていない。一方で、エアコンは工事を含めて利益が残る。
うちはどこに力を入れるべきなのか、何を“売っている会社”なのか——父の時代から続いてきた考え方に、疑問を持つようになったんです。

「売上」よりも、「利益」
「安さ」よりも、「信頼」
数字では見えない価値を、私たちはずっと見落としていたんじゃないか——そう思い始めました。

うちには、何十年も前から支えてくださっているお得意様がたくさんいます。
けれど、私たちはその関係性に“甘えて”いたのかもしれない。
家電を販売したら、それで終わり。
それ以上の提案も、関わりも、つくろうとしてこなかった。

だからこそ、私は量販店を改めて調べてみました。
配送・設置・設定、細かい工程ごとにきちんと料金が発生していて、それが利益につながっている。
「物を売って終わり」ではなく、「暮らしのサポート」をしているんだと気づいたんです。

じゃあ、うちだってできる。
いや、私たちのほうが、もっと深くできるはずだ。

そう思って、私は新たに電気工事士の資格を取りました。
ガス機器の設置、給水装置工事、必要な資格はすべて取りに行った。
「何かあったら、まずうちに相談してもらえる存在になろう」
その覚悟を持って、会社の体制を少しずつ変えていったんです。

父が言った「すき間産業」
あの一言が、会社の“自己肯定感”を下げていた気がします。
でも今は、胸を張って言えます。
うちは、町の“すき間”を埋めるために存在してるんじゃない。
町の“まんなか”に必要とされる存在になろうと、変わり始めたんです。

あの時が、私と会社の、再出発の瞬間でした。

仲間と仕組みに支えられて

社長5年目、今のかたち

会社の仕組みを見直し、方向性をガラッと変えてから、気がつけばもう社長になって5年が経ちました。

思い返せば、新発田の商工会青年部に入ったのが、大きな転機でしたね。
補助金のことや、経営の仕組み、数字の見方——それまで知らなかったことをたくさん学ぶことができました。

学んだことを自分なりに取り入れて、お客様にご提案してみると、それがちゃんと喜んでいただけるんです。
「お客さんにとっても良くて、会社にとってもプラスになる」
そんな提案ができるようになったことが、すごくうれしかったですし、今につながっていると思います。

「大変だったことは?」と聞かれることもあるんですが、正直、特別に“苦労した”という感じはないかもしれません。
ありがたいことに、本当に忙しくさせてもらっていて、むしろ“社長業”にまで手が回っていないのが現状です(笑)。

いまでも私は現場に出ていますし、書類まわりや経理などの事務関係は、社員や奥さんに任せています。
それぞれが自分の役割をきちんと担ってくれているから、私は安心して現場に集中できるんです。

うちの会社、実は朝礼も夕礼もないですよ(笑)。
でも、それで困ったことって、実は一度もないんです。
というのも、社員一人ひとりがきちんと報・連・相をしてくれているから。
それぞれが自分の役割を理解して動いてくれているので、こちらから細かく指示を出さなくても現場が回るんです。
私は毎日その日報に目を通して、翌日の現場の確認をする——そんな流れが自然とできあがっているんです。

社員のなかには、私よりも技術がある人もいます。
そういう存在がいてくれるのは、すごく心強いし、何より誇らしい。
現場でもお客様とのやりとりでも、任せられる信頼があります。

今のこのチーム、この空気感があるからこそ、うちは“町の何でも屋さん”として、地域にしっかり根付いていけるんだと思います。

目指すのは、“すぐ駆けつけられる一番手”としての存在

すぐそこにいる安心を届けたい

「新発田で、一番手になれたら。それ以上に嬉しいことはないですね」

そう話す社長の言葉には、肩肘を張らない、でも芯のある想いが込められています。

今後、会社を大きくしたいとか、店舗をどんどん展開したいとか——そういう考えは、正直まったくありません。
それは、「お客様の困りごとに、すぐ対応したい」という想いが何より強いからです。

市外に広げれば、当然売上や認知度は上がるかもしれない。
でもそのぶん、今いる新発田のお客様に、すぐ駆けつけることが難しくなる。

「今日電話をもらったら、今日解決してあげたい」
それが、うちのモットーなんです。

困っているときに、「すぐに来てくれて助かったよ」「やっぱりさんシブヤさんに頼んでよかった」と言ってもらえる——
その言葉の積み重ねが、信頼となり、今の会社のかたちをつくってくれました。

遠くまで手を広げることよりも、“今すぐ動ける距離”で、責任ある仕事を重ねていくこと。
それが、うちの在り方だと思っています。

だから私は、これからもこの町で、コツコツと、でもしっかりと、“町の電器屋”としての誇りをもって、やっていきたいんです。

「新発田で一番に頼られる会社に」
それが、これからも変わらない私の目標です。

会社情報

会社名略称. 有限会社シブヤ電器
勤務先名 有限会社シブヤ電器
本社住所 新潟県新発田市本町4丁目14‐16
代表者名 代表取締役 澁谷 昌宏様
1年後〜3年後の目標 \1年後~3年後の目標/
町の人たちのために、この会社をこれからも続けていく——
それが、私のいちばんの目標です。
そして、電器屋の社長として、新発田のためにできることがまだまだあると思っています。
商店街や電機商業組合での活動も、ただの“つながり”じゃなくて、地域を動かしていく力になるはずなんです。
駅前の商店街も、ここ最近は少しずつ若い人たちが増えてきて、イベントなんかも開かれるようになってきました。
そういう流れを、私も一緒になって盛り上げていけたらなと思っています。
一方で、電機商組合は今、高齢化の波を受けて閉業される方も少なくありません。
だからこそ、組合の価値や役割をもっと地域に知ってもらいたい。
今は社会福祉協議会と連携を進めていて、地域福祉の面からも「電器屋さんの力」が活かせるように動いているところです。
会社も、組合も、商店街も——
どれも“自分の居場所”だと思っているからこそ、できることを一つずつ、しっかりやっていきたいですね。

こんな人に会いたい \出会いたい人/
新発田の町には、まだまだたくさんの魅力があります。
けれど現実として、商店街も含めて若い世代がどんどん少なくなってきている。
このままでは、町がどんどん静かになっていってしまう。
それだけは、絶対に避けたいと思っています。
私自身、町の電器屋として地域に支えられてここまで来ました。
だからこそ、今度は“支える側”として、商店街や地域に恩返しをしていきたい。
一人でできることには限界があります。
でも、同じ想いを持った仲間がいれば、町はきっと変わる。
一緒に、若者の力とアイデアで町を元気にしていけるような——
そんな仲間と出会えたら、心から嬉しいですね。
事業内容 電機設備工事・リフォーム・設計・施工
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http://www.shibuyadenki.jp(ホームページ)
shibuya.denki (Instagram)

取材者情報

今回の社長へのインタビュアーのご紹介です。
「話を聞きたい!」からお問い合わせを頂いた場合は運営会社の株式会社採用戦略研究所を通して、各インタビュアー者よりご連絡させて頂きます。

取材者名 ㈱採用戦略研究所 土田
住所 新潟県長岡市山田3丁目2-7
電話番号 070‐6433‐5645
事務所HP https://rs-lab.jp

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