命と向き合い、“生”を照らす──16代目が見つけた、歴史ある花安の未来【代表 渡辺安之氏】
株式会社花安
花安の歴史
“縁”に導かれて──16代目としての決意
もともと私は、学校の先生をしていました。
英語を教えながらバレーボール部の顧問として、生徒と一緒に汗を流す日々。
自分の人生は「好きなことしかやりたくないなぁ」と思っていたので、正直なところ、最初から葬儀の道に進むつもりはなかったんです。
父親も「好きなことをしてこい」と私を送り出してくれたことも理由になります。
でも、私は“跡取り”という立場にいました。
それを真正面から受け止めるには、少し時間がかかりました。
まずは、うちのルーツからお話させてください。
「花安」はもともと、加賀藩(現在の石川県)大聖寺から初代の御殿様である溝口秀勝公と一緒にやってきた“花屋の安兵衛さん”が始まりです。
1744年の地図にはすでに「安兵衛」という名が記されており、現在の実家がある場所がその土地です。
以来、仏壇にある過去帳に記された初代の没年の寛永13年からずっと、私で16代目。歴代の当主は「安兵衛」という名を代々襲名し、安平・安蔵・安助…と命を繋ぎ、家を守ってきました。
そんな長い歴史の中で、「俺の代で潰すわけにはいかない」という気持ちがふと心をよぎったんです。
実家の仏壇を見たとき、不思議と「戻らなきゃいけない」と思いました。
実はこれまでも、花安が途絶えそうになったことは何度かありました。
でもそのたびに、親戚とのつながりやご縁が力になり、“命のリレー”のように花安が続いてきたんです。
なぜここまで続いてこられたのか?
代々のご先祖様の存在が大きかったと思います。
花安という屋号には、私たちには見えない何かを感じさせる不思議な力がありました。
過去の縁があったからこそ、今の私たちがここに生きている。
そして今度は、私たちが“未来への縁”をつくっていく番なのだと感じています。
「縁に生かされ、縁をつくり、縁をつないでいく」
この考えこそが、今の花安の企業理念です。
この理念を胸に、17代・18代の次の世代へとバトンをつないでいくことが、私の役目だと思っています。
英語を教えながらバレーボール部の顧問として、生徒と一緒に汗を流す日々。
自分の人生は「好きなことしかやりたくないなぁ」と思っていたので、正直なところ、最初から葬儀の道に進むつもりはなかったんです。
父親も「好きなことをしてこい」と私を送り出してくれたことも理由になります。
でも、私は“跡取り”という立場にいました。
それを真正面から受け止めるには、少し時間がかかりました。
まずは、うちのルーツからお話させてください。
「花安」はもともと、加賀藩(現在の石川県)大聖寺から初代の御殿様である溝口秀勝公と一緒にやってきた“花屋の安兵衛さん”が始まりです。
1744年の地図にはすでに「安兵衛」という名が記されており、現在の実家がある場所がその土地です。
以来、仏壇にある過去帳に記された初代の没年の寛永13年からずっと、私で16代目。歴代の当主は「安兵衛」という名を代々襲名し、安平・安蔵・安助…と命を繋ぎ、家を守ってきました。
そんな長い歴史の中で、「俺の代で潰すわけにはいかない」という気持ちがふと心をよぎったんです。
実家の仏壇を見たとき、不思議と「戻らなきゃいけない」と思いました。
実はこれまでも、花安が途絶えそうになったことは何度かありました。
でもそのたびに、親戚とのつながりやご縁が力になり、“命のリレー”のように花安が続いてきたんです。
なぜここまで続いてこられたのか?
代々のご先祖様の存在が大きかったと思います。
花安という屋号には、私たちには見えない何かを感じさせる不思議な力がありました。
過去の縁があったからこそ、今の私たちがここに生きている。
そして今度は、私たちが“未来への縁”をつくっていく番なのだと感じています。
「縁に生かされ、縁をつくり、縁をつないでいく」
この考えこそが、今の花安の企業理念です。
この理念を胸に、17代・18代の次の世代へとバトンをつないでいくことが、私の役目だと思っています。
“生”に光を──私が描いた新しい花安のかたち
社長に就任してから、あらためて考えるようになったんです。
「理想の葬儀って、なんだろう?」って。
たくさんの葬儀を見てきました。
「死」に良いも悪いもないのですが、
その中で、やっぱり心に残るのは、90代まで元気に過ごされて、食べたいものを食べて、順序よく天国に旅立たれた方々のことです。
ご家族も「本当に幸せな人生だったよね」って、心から送り出せる。
そんな風に言えるお別れって、本人にとっても家族にとっても“理想”なんじゃないかと思うんです。
でも、そういう人生って、当たり前じゃないんですよね。
90歳まで何事もなくピンピンコロリってけっこう難しいと思います。
そんなエンディングを元気に達成するには、
死んでからでは遅い──そう感じたとき、私は考えを大きく変えました。
「故人にとって理想な葬儀」を実現するには、“生きている間”にこそできることがある。
だったら、葬儀社が“死”ではなく“生”にスポットを当ててもいいんじゃないかと。
そこからです、いろいろな新しいことに取り組み始めたのは。
クラフトビールの事業を始めたのも、その一環です。
イベントなどを通して人が集まり、つながり、笑い合える場所をつくる。
そんな時間が、人生を豊かにすると思ったから。
よく冗談で言うんです。
「葬儀って3回もやりたい人いないし、お墓も3つ欲しい人なんていないでしょう?」って(笑)
葬儀関連事業は不安の解消。好きでやる人はいないんです。
でも不安があると、人は今を楽しめない。
だから、まずは不安を解消するところから。
葬儀社として不安を解消できる気軽な相談相手になりえるか。
でもそれだけじゃなくて、楽しいこと、生きているうちにできることを届けたいと思ったです。
でもそのくらい、人生の最後って本来“一度きりの大切な瞬間”なんですよね。
だからこそ、そこに向けて不安を減らし、生きている間に“楽しみ”や“安心”を積み重ねる。
それができる会社をつくりたいと思いました。
今の花安は、「不安を解消するビジネス」と、「豊かな人生に貢献するビジネス」、この2軸で展開しています。
地域の中で“縁”をつなぎながら、人の人生に関わっていく。
それが、私たちが描いている新しいストーリーなんです。
「理想の葬儀って、なんだろう?」って。
たくさんの葬儀を見てきました。
「死」に良いも悪いもないのですが、
その中で、やっぱり心に残るのは、90代まで元気に過ごされて、食べたいものを食べて、順序よく天国に旅立たれた方々のことです。
ご家族も「本当に幸せな人生だったよね」って、心から送り出せる。
そんな風に言えるお別れって、本人にとっても家族にとっても“理想”なんじゃないかと思うんです。
でも、そういう人生って、当たり前じゃないんですよね。
90歳まで何事もなくピンピンコロリってけっこう難しいと思います。
そんなエンディングを元気に達成するには、
死んでからでは遅い──そう感じたとき、私は考えを大きく変えました。
「故人にとって理想な葬儀」を実現するには、“生きている間”にこそできることがある。
だったら、葬儀社が“死”ではなく“生”にスポットを当ててもいいんじゃないかと。
そこからです、いろいろな新しいことに取り組み始めたのは。
クラフトビールの事業を始めたのも、その一環です。
イベントなどを通して人が集まり、つながり、笑い合える場所をつくる。
そんな時間が、人生を豊かにすると思ったから。
よく冗談で言うんです。
「葬儀って3回もやりたい人いないし、お墓も3つ欲しい人なんていないでしょう?」って(笑)
葬儀関連事業は不安の解消。好きでやる人はいないんです。
でも不安があると、人は今を楽しめない。
だから、まずは不安を解消するところから。
葬儀社として不安を解消できる気軽な相談相手になりえるか。
でもそれだけじゃなくて、楽しいこと、生きているうちにできることを届けたいと思ったです。
でもそのくらい、人生の最後って本来“一度きりの大切な瞬間”なんですよね。
だからこそ、そこに向けて不安を減らし、生きている間に“楽しみ”や“安心”を積み重ねる。
それができる会社をつくりたいと思いました。
今の花安は、「不安を解消するビジネス」と、「豊かな人生に貢献するビジネス」、この2軸で展開しています。
地域の中で“縁”をつなぎながら、人の人生に関わっていく。
それが、私たちが描いている新しいストーリーなんです。
クラフトビール、始まりは“冗談”だった
偶然がつなぐ事業の芽
実はクラフトビールをやろうと思って始めたわけじゃないんです。
最初はいろんなアイデアを模索していて、そのきっかけになったのが「新発田寺びらき」というイベントでした。
「真の地域密着企業って、なんだろう?」
そう考えたときに、地域に根ざすなら、イベントの一つくらいやらなきゃだめだろうと思ったんです。
新発田の寺町周辺には10軒以上のお寺があり、その空間を活かしてドライフラワーやヨガ、スパイスカレーなど、オシャレで量販ではなく人の手のかかった企画やお店が集まるイベントを地元の有志で開催しています。
今では10年続いて、出店数は60店舗を超える大規模なイベントになっています。
地元の社会福祉法人や学生、ボランティアも一緒になって盛り上げていく、まさに“地域の力”を感じる空間です。
そんな中、寺びらき本部でお借りしていた新発田市が運営する無料休憩の指定管理をさせていただきまして、「お土産カフェ」なんてものをさせていただいてました。
寺びらきも、「毎年同じじゃ面白くないし、寺でお酒飲みたいよな〜」なんて冗談が出てきて。
そこから「ビール売ってみる?」という話になったんです(笑)。
仕入れたのは、鎌倉で売られていた大仏ビールというクラフトビール。
販売方法も遊び心を込めて、仏教の“108の煩悩”にちなんで「108本限定」なんて謳って売ってみたら…なんと、バカ売れ(笑)。
一瞬で売れてしまって。
それが、クラフトビールに本格的に取り組む原点になったんです。
もともと観光施設をやっていたこともあって、「お土産を売っても利益は限られる。
地域に経済インパクトを与えるものって何だろう?」とずっと探していました。
それで、一緒に販売を手伝ってくれた現在の酒造長とビールの偵察も兼ねて、一緒にあちこち飲み歩いてわかったんです。
成功しているのは、小さなタンク+飲食併設+温泉地という組み合わせ。
そこにピンときて、「あ、うちの近くに月岡温泉があるじゃないか!飲食経験のあるスタッフもいるじゃないか!」と。
こうして始まったのが「月岡ブルワリー」なんです。
思うんです。
事業って、「やりたい人がやる」からこそ成功する。
特に中小企業は、どうしても俗人的になりますが、だからこそ一人ひとりが責任を持って、本気で取り組める環境の方がいい。
「やりたいことができる会社にしよう」──そう強く思った瞬間でもありました。
最初はいろんなアイデアを模索していて、そのきっかけになったのが「新発田寺びらき」というイベントでした。
「真の地域密着企業って、なんだろう?」
そう考えたときに、地域に根ざすなら、イベントの一つくらいやらなきゃだめだろうと思ったんです。
新発田の寺町周辺には10軒以上のお寺があり、その空間を活かしてドライフラワーやヨガ、スパイスカレーなど、オシャレで量販ではなく人の手のかかった企画やお店が集まるイベントを地元の有志で開催しています。
今では10年続いて、出店数は60店舗を超える大規模なイベントになっています。
地元の社会福祉法人や学生、ボランティアも一緒になって盛り上げていく、まさに“地域の力”を感じる空間です。
そんな中、寺びらき本部でお借りしていた新発田市が運営する無料休憩の指定管理をさせていただきまして、「お土産カフェ」なんてものをさせていただいてました。
寺びらきも、「毎年同じじゃ面白くないし、寺でお酒飲みたいよな〜」なんて冗談が出てきて。
そこから「ビール売ってみる?」という話になったんです(笑)。
仕入れたのは、鎌倉で売られていた大仏ビールというクラフトビール。
販売方法も遊び心を込めて、仏教の“108の煩悩”にちなんで「108本限定」なんて謳って売ってみたら…なんと、バカ売れ(笑)。
一瞬で売れてしまって。
それが、クラフトビールに本格的に取り組む原点になったんです。
もともと観光施設をやっていたこともあって、「お土産を売っても利益は限られる。
地域に経済インパクトを与えるものって何だろう?」とずっと探していました。
それで、一緒に販売を手伝ってくれた現在の酒造長とビールの偵察も兼ねて、一緒にあちこち飲み歩いてわかったんです。
成功しているのは、小さなタンク+飲食併設+温泉地という組み合わせ。
そこにピンときて、「あ、うちの近くに月岡温泉があるじゃないか!飲食経験のあるスタッフもいるじゃないか!」と。
こうして始まったのが「月岡ブルワリー」なんです。
思うんです。
事業って、「やりたい人がやる」からこそ成功する。
特に中小企業は、どうしても俗人的になりますが、だからこそ一人ひとりが責任を持って、本気で取り組める環境の方がいい。
「やりたいことができる会社にしよう」──そう強く思った瞬間でもありました。
“思い出をつくる”という仕事
スタッフと築く新しい葬儀のカタチ
やっぱりね、「やりたい人が、やりたいことをできる」って、大事なんですよ。
だからうちでは、スタッフ一人ひとりの得意分野ややりたいことをしっかり聞いて、その人に合った業務をお願いするようにしています。
たとえば、うちで働いてくれている方の中には、前職が“学校の校長先生”という方もいるんです。
その方は、「地域に根差した会社で、人生の最後の仕事をしたい」と言ってくださって。
だったらぜひ得意なことを活かしてもらいたいと思い、市役所で命の大切さを伝えるイベントを担当してもらいました。
不慮の事故で亡くなられた方の等身大パネルと遺品の展示を行い、その方の新聞記事や遺品を通して命の尊さを伝えたり。
まるで“命の授業”のような内容で、アンケートには「本当に心に響いた」といった温かい声がたくさん届いて。
スタッフとみんなでやってよかったな、と心から思えましたね。
オフィスの設計や新式場エリア開発も、設計経験のあるスタッフが中心になって手がけてくれましたし、ITに強いスタッフはデジタル掲示板やオンライン対応など、どんどん新しいことを取り入れてくれています。
でも、ここにたどり着くまで、本当にいろいろありました。
かつては、ひとりの担当者が葬儀を最初から最後まで抱えるという状態で、「一件葬儀が入ったら、いつ休めるんだ…」という環境だったんです。
それをどうにかしなきゃと思って、分業制(専任制)に組織を切り替えました。
そうすることで、スタッフはきちんと休めるようになり、業務の質も向上。
DX化も進めて生産性を高めて、一人のお客様を“チームで支える”体制がようやく整ってきました。
結果として、スタッフの働きやすさも、お客様からの評価も、どちらも良くなってきた。
今では、「チームでやり遂げる」という価値観が、私たちの中心にあります。
そしてもうひとつ、私たちが何より大切にしているのが、“最後の思い出をつくる”葬儀です。
花安って、ただの葬儀の段取り屋じゃないんですよ。
葬儀は暗くて悲しいだけの時間でもない。
本当の意味で故人を想い、向き合うための、大切な時間なんです。
1万2000年前の遺跡からは、ミントや菊など香りのある花が、お墓に添えられていた形跡があるそうです。
“亡くなった人を、綺麗なもので飾って送り出したい”──その想いは、太古の昔から変わっていないんです。
でも、現代の私たちがその送り方を本当に理解しているかというと、まだ足りていない気がします。
突然の別れに、気持ちが追いつかない。おもてなしの準備や近所親戚付き合いもある。大切な人が亡くなられて精神的に極限の状態で怒りや混乱も起こります。
でも、その中で、本当は思いっきり泣くとか、故人の好きだったものを食べてみるとか、思い出を語るとか──
そうした時間を通じて、ようやく“次の一歩”が踏み出せるのだと思っています。
だからこそ、ヒアリングをしっかり行って、
「思い出の写真を一緒に選びましょう」
「故人様が好きだったものは何ですか?一番の思い出は?伝えたいことは?」
「故人様がよく通っていた道、最後に霊柩車で回りましょう」
そんな提案をしています。
家族に“きちんと悲しむ時間と場所”を届けること、それが葬儀社の本質だと信じています。
この考えに共感してくれるスタッフに、自由にアイデアを出してもらいたいから、うちでは肩書きで呼び合うことも廃止しました。
上司も部下も関係なく、全員が“名前”で呼び合う文化。
それが、花安らしさなんです。
だからうちでは、スタッフ一人ひとりの得意分野ややりたいことをしっかり聞いて、その人に合った業務をお願いするようにしています。
たとえば、うちで働いてくれている方の中には、前職が“学校の校長先生”という方もいるんです。
その方は、「地域に根差した会社で、人生の最後の仕事をしたい」と言ってくださって。
だったらぜひ得意なことを活かしてもらいたいと思い、市役所で命の大切さを伝えるイベントを担当してもらいました。
不慮の事故で亡くなられた方の等身大パネルと遺品の展示を行い、その方の新聞記事や遺品を通して命の尊さを伝えたり。
まるで“命の授業”のような内容で、アンケートには「本当に心に響いた」といった温かい声がたくさん届いて。
スタッフとみんなでやってよかったな、と心から思えましたね。
オフィスの設計や新式場エリア開発も、設計経験のあるスタッフが中心になって手がけてくれましたし、ITに強いスタッフはデジタル掲示板やオンライン対応など、どんどん新しいことを取り入れてくれています。
でも、ここにたどり着くまで、本当にいろいろありました。
かつては、ひとりの担当者が葬儀を最初から最後まで抱えるという状態で、「一件葬儀が入ったら、いつ休めるんだ…」という環境だったんです。
それをどうにかしなきゃと思って、分業制(専任制)に組織を切り替えました。
そうすることで、スタッフはきちんと休めるようになり、業務の質も向上。
DX化も進めて生産性を高めて、一人のお客様を“チームで支える”体制がようやく整ってきました。
結果として、スタッフの働きやすさも、お客様からの評価も、どちらも良くなってきた。
今では、「チームでやり遂げる」という価値観が、私たちの中心にあります。
そしてもうひとつ、私たちが何より大切にしているのが、“最後の思い出をつくる”葬儀です。
花安って、ただの葬儀の段取り屋じゃないんですよ。
葬儀は暗くて悲しいだけの時間でもない。
本当の意味で故人を想い、向き合うための、大切な時間なんです。
1万2000年前の遺跡からは、ミントや菊など香りのある花が、お墓に添えられていた形跡があるそうです。
“亡くなった人を、綺麗なもので飾って送り出したい”──その想いは、太古の昔から変わっていないんです。
でも、現代の私たちがその送り方を本当に理解しているかというと、まだ足りていない気がします。
突然の別れに、気持ちが追いつかない。おもてなしの準備や近所親戚付き合いもある。大切な人が亡くなられて精神的に極限の状態で怒りや混乱も起こります。
でも、その中で、本当は思いっきり泣くとか、故人の好きだったものを食べてみるとか、思い出を語るとか──
そうした時間を通じて、ようやく“次の一歩”が踏み出せるのだと思っています。
だからこそ、ヒアリングをしっかり行って、
「思い出の写真を一緒に選びましょう」
「故人様が好きだったものは何ですか?一番の思い出は?伝えたいことは?」
「故人様がよく通っていた道、最後に霊柩車で回りましょう」
そんな提案をしています。
家族に“きちんと悲しむ時間と場所”を届けること、それが葬儀社の本質だと信じています。
この考えに共感してくれるスタッフに、自由にアイデアを出してもらいたいから、うちでは肩書きで呼び合うことも廃止しました。
上司も部下も関係なく、全員が“名前”で呼び合う文化。
それが、花安らしさなんです。
100年先を見据えて
理念を共に育てる仲間たちと
私たちの会社では、方向性を共有しながら成長していくために、スタッフと共に勉強会や研修を積極的に行っています。
学びながら実践し、また次に活かす。その積み重ねの中で、今ではさまざまなプロジェクトが立ち上がり、会社全体が動き出しています。
本当に、みんなでつくってきた会社だと実感しています。
実は、私がコロナで2週間出社できなかったことがありました。
でもその間、社内はしっかり回っていたんです。
これは嬉しい驚きでしたね。組織として少しずつ「自走」しはじめている手応えを感じた瞬間でした。
もちろんここに至るまで、順風満帆だったわけではありません。
売上や人材面での課題に頭を抱えることも、何度もありました。
そんな時、ふと「もし自分がいなくなったら…」とシミュレーションしてみたんです。
経営判断をする人がいない、若手が不安になって辞めてしまう、後継がいないからプロ経営者を雇うことになる、費用もかかる……
そんな未来を思い浮かべながら、保険を見直したり、バイクに乗りたかった夢をあきらめたり、視察先で遊覧船に乗るのを我慢したり(笑)――
そんな冗談を交えつつも、本気で「会社に迷惑をかけないために」と考えていたんです。
そこから思ったのは、「100年続く会社とは何か」という問いでした。
やっぱり、それを支えるのは“想い”なんですよね。
私は創業家の人間として、花安が大切にしてきた理念を守るのは当然だと思っています。
でもこれからは、スタッフ一人ひとりにも「自分の理念」を持ってほしい。
「花安に入ったから、こんなことがやりたい」「こんな未来を描きたい」
そう語れる人が増えれば、会社はもっと強くなる。
私にとって、花安という会社は、スタッフが幸せになれる場所であってほしい。
そう心から思っています。
学びながら実践し、また次に活かす。その積み重ねの中で、今ではさまざまなプロジェクトが立ち上がり、会社全体が動き出しています。
本当に、みんなでつくってきた会社だと実感しています。
実は、私がコロナで2週間出社できなかったことがありました。
でもその間、社内はしっかり回っていたんです。
これは嬉しい驚きでしたね。組織として少しずつ「自走」しはじめている手応えを感じた瞬間でした。
もちろんここに至るまで、順風満帆だったわけではありません。
売上や人材面での課題に頭を抱えることも、何度もありました。
そんな時、ふと「もし自分がいなくなったら…」とシミュレーションしてみたんです。
経営判断をする人がいない、若手が不安になって辞めてしまう、後継がいないからプロ経営者を雇うことになる、費用もかかる……
そんな未来を思い浮かべながら、保険を見直したり、バイクに乗りたかった夢をあきらめたり、視察先で遊覧船に乗るのを我慢したり(笑)――
そんな冗談を交えつつも、本気で「会社に迷惑をかけないために」と考えていたんです。
そこから思ったのは、「100年続く会社とは何か」という問いでした。
やっぱり、それを支えるのは“想い”なんですよね。
私は創業家の人間として、花安が大切にしてきた理念を守るのは当然だと思っています。
でもこれからは、スタッフ一人ひとりにも「自分の理念」を持ってほしい。
「花安に入ったから、こんなことがやりたい」「こんな未来を描きたい」
そう語れる人が増えれば、会社はもっと強くなる。
私にとって、花安という会社は、スタッフが幸せになれる場所であってほしい。
そう心から思っています。
会社情報
| 会社名略称. | 株式会社花安 |
|---|---|
| 勤務先名 | 株式会社花安 |
| 理念・使命 | \企業理念・ミッション/ 過去、現在、未来の縁を通して、 全ての人は豊かな人生を生きる |
| 本社住所 | 新潟県新発田市荒町甲1521 |
| 代表者名 | 代表取締役 渡辺 安之様 |
| こんな人に会いたい | 自分の意見や考えをしっかり持っていて、人生に目標がある人。 私はそういう人と一緒に働いてみたいなと思います。 というのも、何も目的がなくて入ってきた人って、けっこう苦労するんです。 うちは上から細かく指示するような環境じゃないから、自分で「こうしたい」と考えて動く力が必要なんですよね。 だからこそ、「自分はこうしたいんです」「こんなことをやってみたいです」って言える人が私は好きですし、そういう人とはぜひ一緒に何かをつくっていきたいと思います。 |
| 事業内容 | 葬儀施行/法要施行/仏壇仏具/生花/盛り籠/ギフト/生命保険/墓石販売 酒類製造販売/飲食事業/不動産買取事業/不動産仲介事業 |
| メッセージ | うち花安では、社内のコミュニケーションも大切にしています。 とはいえ、何かを強制するようなことはありません。 イベントごともすべて“自由参加”。気軽に楽しんでもらえたらいいなというスタンスです。 たとえば、スタッフで敷地内で育てた野菜を使ってごはんを楽しむ「花安食堂」、 「ソフトバレー大会」「ボウリング大会」や「みんなでねぎらおう会」なんかもあって、思いついたらわりと何でもやっています(笑)。 こういう場が、社員同士のつながりになったり、 「実はこんなこと得意なんです」っていう、普段見えない一面が出せるきっかけにもなったら嬉しいなと思っています。 |
| その他 | \関連事業/ ▼新発田市指定管理業務受託 お休み処 寺町たまり駅 〒957-0055 新潟県新発田市諏訪町2丁目3-28 ▼酒類製造販売・飲食事業 月岡ブルワリー&Kitchen GEPPO 〒959-2338 新潟県新発田市月岡温泉552-111 |
取材者情報
今回の社長へのインタビュアーのご紹介です。
「話を聞きたい!」からお問い合わせを頂いた場合は運営会社の株式会社採用戦略研究所を通して、各インタビュアー者よりご連絡させて頂きます。
| 取材者名 | ㈱採用戦略研究所 土田 |
|---|---|
| 住所 | 新潟県長岡市山田3丁目2-7 |
| 電話番号 | 070‐6433‐5645 |
| 事務所HP | https://rs-lab.jp |