新潟社長図鑑®|新潟の経営者・企業紹介メディア|株式会社採用戦略研究所

独立一年目、研磨の技で未来を切り拓く──燕「磨き屋TAKA」【代表 高畑昭彦氏】

磨き屋TAKA

独立の背景

「磨き屋TAKA」誕生まで

私は、㈱山村製作所で22年間お世話になってきました。
所属していたのは、製品が磨かれる前の“半製品”を扱う加工課です。会社は研磨の工程をほとんど外注に任せていたので、長く勤めていると売上の増減が外注頼みになっていることも見えてきました。

「外注に出しているくらいなら、全部自分でやったほうが早いし確実だ」──そう思うようになったのが、独立を考えた最初のきっかけです。

実際に、会社から内製化を求められて研磨の工程を立ち上げ、部下を2人育てて、一通りできる体制をつくったこともありました。その経験で、研磨に関する技術も、人を育てる感覚もつかめたと思います。さらに、研磨剤の用品屋さんや業界の知り合いも増えてきて、「あとは自分の工場さえあれば準備は整う」と感じていました。

ちょうどその頃、父が長年やってきた工場を廃業することになったんです。父は体調を崩して闘病中で、「工場は好きにしていい」と言ってくれました。その言葉に背中を押されて、「よし、会社を辞めて自分でやろう」と決めました。

こうして、父の工場を受け継ぐかたちで「磨き屋TAKA」が始まりました。まだ独立して1年目ですが、ここからが本当の挑戦です。

広がる領域、揺るがぬ強み

理美容鋏にかける自信

独立してから、ありがたいことに少しずつ仕事をいただけるようになりました。けれども、一人ではとてもこなしきれなくなってきたんです。そこで妻に「ちょっと手伝える?」と声をかけたら、「その機械、使ったことあるよ」と言うんですよ。驚きましたね。仕事が終わってから操作を教えて、手伝ってもらうようになりました。

それでも追いつかず、以前の会社で自分が指導してきた子が仕事帰りに手伝いに来てくれるようになり、少しずつですが体制が整ってきました。

研磨業界は燕市や三条市でも高齢化が進んでいて、廃業する人も少なくありません。しかも、私がやっている理美容鋏の研磨はとても難しい。細かい部分を細かく、丁寧に仕上げないといけないので、年齢を重ねた方にはどうしても大変なんだと思います。だからこそ、長くこの仕事に関わってきた自分には誰にも負けない自信があります。

今扱っているのは、理美容鋏のほかに自動車部品やカトラリーです。理美容鋏の仕事が一番多いですが、自動車部品は忙しい時期とそうでない時期の差が大きく、全くなくなることもあります。だから、その空きを埋めるために営業をかけて、少しずつ仕事の幅を広げています。

私の強みは、単に磨く技術だけじゃありません。前職では、板の素材から鍛造、焼き入れ、穴あけまで一貫して経験し、この材質ならこの研磨方法がいい、ということを現場感覚で理解しています。これは他の研磨屋さんにはなかなかできない部分だと思います。

メーカーさんから「この加工をしたいけど、どんな砥石が合うだろう」と相談を受けることもあります。私は砥石メーカーともつながりがあるので、制作を依頼して一緒に解決してきました。知識や経験、人とのつながりを活かしながら、理美容鋏という繊細な道具を最高の状態に仕上げる。それが「磨き屋TAKA」の強みだと思っています。

独立一年目の試練

数字との格闘と理美容鋏との出会い

独立して一番苦労しているのは、経理ですね。
全くゼロからではなかったんですけど、これまで実務としてやってきたわけではないので、正直かなり困りました(笑)。昔から付き合いのある方に教えていただいた知識が少しあったので、自分でやってみたんですけど…まあ、めちゃくちゃでした。

そこで商工会議所に入って、一から教えてもらいながらフォローしていただきました。起業して最初の半期分はぐちゃぐちゃで(笑)、全部直してもらったんです。今は3か月に1回チェックしてもらいながら進めていますが、ようやく理解できるようになってきました。OKをもらえるようになって、少しずつ自信もついてきましたね。

あとはやっぱり数字との追いかけっこです。売上をどこまで伸ばせるか、そこが今一番の課題です。
独立した当初は、理美容関係の仕事はゼロでした。去年の9月にサンプルをいただいたのが最初です。独立した月は父の葬儀もあって、8月まではほとんど何もできず、バタバタしていました。その頃は、ちょうどカトラリーの仕事が大量に入ってきていて、1社の仕事で成り立っていたんです。

でも、ふと「もしこれがなくなったらどうなるんだろう」と考えたとき、危機感が出てきました。「このままじゃまずい」と思って、いろんなところに連絡をとるようになったんです。その結果、理美容鋏のサンプルを送ってもらえることになって──そこが大きな転機だったと思います。

SNSでも少しずつ発信していたら、たまたま見てくれた方から連絡をいただいて仕事につながることもありました。最近では、新規で「まず1点だけ」といった形で磨かせてもらう会社さんも出てきて、既存の仕事が落ち着いた頃に新規が入ってくる流れができてきて、「ようやくうまく回ってきたな」と実感しています。

学びと経験が支える技術

仲間との交流と“できない”を“できる”に変えた道のり

最近ではSNSでの発信をしているので、そこでつながる他業種や仕事関係の方が増えてきました。燕市内にも研磨の会社は何人か知り合いがいますけど、ありがたいことに仕事が忙しく、交流の場に顔を出す機会は少なくなっています。ただ、たまに情報交換の場に出ると、必ず聞かれるのが「鋏のリングの中(指を入れる部分)、どうやって磨いているの?」という質問です。

実際、あそこはみんな困るんです。リングの加工はほとんどできない。それだけ難しい工程であり、しかも指が一番接触する場所なので精度もシビア。だからこそ、自分が今まで積み上げてきた経験を活かせている部分だと思っています。

鋏を完全な鏡面に仕上げるためには、研磨材の種類や材料を使い分けていく必要があります。私自身も前職の頃、研磨の仕事で行き詰まった時期がありました。研磨に携わって4年目くらいの頃です。「きれいにできるかどうか」ではなく、「早く仕上げること」がどうしてもできなくなってしまって、悩んでいました。

その時、三条の鍛治道場で開かれた講習会に参加する機会がありました。そこで学んだことで、従来9工程かかっていた作業を、半分の工程で仕上げられるようになったんです。学びや経験があるからこそ、今の自分がある。やらなければできるようにはならない──そう強く実感しました。

少しできるようになると、発想も広がります。形状を工夫したり、仕上がりのイメージを変えたり、自分なりの工夫ができるようになりました。そうした積み重ねが、今「磨き屋TAKA」の強みになっていると思います。

磨きの技術を次世代へ、そして広がる挑戦

広がる可能性と次の一歩

私は、一度やり始めたことはとことん突き詰めないと気が済まない性格です。仕事においても、自分が納得するまでやり抜き、完璧な状態で終わらせたいと思っています。
もちろん趣味ではなく商売ですから、発注してくださる会社様のことを考えながら、利益や単価についてもきちんと相談し、バランスを大切にしています。

これからは「磨き」だけにとどまらず、少しずつ幅を広げていきたいと考えています。鋏に限らず、技術を活かせるものであれば新しい分野にも挑戦していきたい。その積み重ねで、自分自身の技術の可能性を広げていければと思っています。

そしてもう一つの願いは、研磨の世界に飛び込んでくれる人が増えることです。今、燕市を含め研磨業界は高齢化が進み、辞めていく会社も多い。3年後には燕市の研磨屋が半分以下になる、とまで言われています。
だからこそ、この仕事をもっと盛り上げたい。磨きの魅力を伝え、次の世代へ技術をつないでいくことが、私の役割の一つだと思っています。

独立してまだ1年。ここからが本当のスタートです。
「磨き屋TAKA」として、燕の地から技術を広げ、未来を切り拓いていきます。

会社情報

会社名略称. 磨き屋TAKA
勤務先名 磨き屋TAKA
本社住所 新潟県燕市大曲421
代表者名 代表 高畑 昭彦様
こんな人に会いたい 将来的に研磨業界をなくさず盛り上げていくためには、やはり若い人材が欠かせないと思います。
この仕事に興味を持って、挑戦してみたいという若い人が一人でも増えてくれたら、本当に嬉しいですね。
事業内容 研磨業
その他 こちらもご覧ください‼
polisher.factory.taka(Instagram)

取材者情報

今回の社長へのインタビュアーのご紹介です。
「話を聞きたい!」からお問い合わせを頂いた場合は運営会社の株式会社採用戦略研究所を通して、各インタビュアー者よりご連絡させて頂きます。

取材者名 ㈱採用戦略研究所 土田
住所 新潟県長岡市山田3丁目2-7
電話番号 070‐6433‐5645
事務所HP https://rs-lab.jp

話を聞きたい!