「信じる力が、人を変え、未来を変える。」 “宿命”を読み解き、笑顔を導く「水原の一心さん」【神主 安達滋明氏】
宗教法人 神道神心教東北本部
「神社」ではなく、“相談の場所”として
—龍神・自天龍に導かれた「水原の一心さん」のはじまり—
ここ「水原の一心さん」は、一般的な神社とは少し異なる、“人が相談に訪れる場所”としての役割を担っています。
訪れる方の悩みを神様に伺い、感じ取ったことを言葉にしてお伝えする。
その言葉が「当たった」「その通りになった」と口コミで広まり、県内外から多くの方が訪れるようになりました。
私たちは、いわゆる神主や祈祷師というよりも、“神様の声を伝える橋渡し役”だと考えています。
一心さんのはじまりは、今からおよそ150年前。
先祖にあたる高祖父が、兵庫県丹波篠山に住んでいた頃のことです。
家の前を流れる篠山川がたびたび氾濫し、水難事故が絶えませんでした。
「この川には主(ぬし)がいるに違いない」と感じた高祖父は、生駒山の歓喜天に十年ものあいだ、一心に祈りを捧げたそうです。
そして十年目のある夜、夢の中に一匹の大蛇が現れ、「わしはこの川に住む主神だ。お前の真心に負けた。もう悪さはしない」と告げて天に昇り、龍となったといいます。
その龍を“自天龍(じてんりゅう)”と名付け、以後その神をお祀りしてきたことが、一心さんの信仰の起源です。
その後、家系として祈祷を継承し、三男であった祖父が「新たな地で祈りを広めよ」との導きを受けます。
夢で“天香山命(あめのかぐやまのみこと)”を見たことから、その神が祀られている新潟・弥彦山を訪ね、導かれるように辿り着いたのが現在の地・阿賀野市水原でした。
こうして約70年前、「水原の一心さん」としての歩みが始まったのです。
訪れる方の悩みを神様に伺い、感じ取ったことを言葉にしてお伝えする。
その言葉が「当たった」「その通りになった」と口コミで広まり、県内外から多くの方が訪れるようになりました。
私たちは、いわゆる神主や祈祷師というよりも、“神様の声を伝える橋渡し役”だと考えています。
一心さんのはじまりは、今からおよそ150年前。
先祖にあたる高祖父が、兵庫県丹波篠山に住んでいた頃のことです。
家の前を流れる篠山川がたびたび氾濫し、水難事故が絶えませんでした。
「この川には主(ぬし)がいるに違いない」と感じた高祖父は、生駒山の歓喜天に十年ものあいだ、一心に祈りを捧げたそうです。
そして十年目のある夜、夢の中に一匹の大蛇が現れ、「わしはこの川に住む主神だ。お前の真心に負けた。もう悪さはしない」と告げて天に昇り、龍となったといいます。
その龍を“自天龍(じてんりゅう)”と名付け、以後その神をお祀りしてきたことが、一心さんの信仰の起源です。
その後、家系として祈祷を継承し、三男であった祖父が「新たな地で祈りを広めよ」との導きを受けます。
夢で“天香山命(あめのかぐやまのみこと)”を見たことから、その神が祀られている新潟・弥彦山を訪ね、導かれるように辿り着いたのが現在の地・阿賀野市水原でした。
こうして約70年前、「水原の一心さん」としての歩みが始まったのです。
「継ぎたくなかった家業」から見えてきたもの
—外の世界で気づいた、“自分の宿命”という感覚—
子どものころの私は、家が神社であることが正直あまり好きではありませんでした。
家の目の前は小学校・中学校の通学路。通る友達からいつも見られるのが嫌で仕方なかったんです。
普通の家では「お父さんは会社に行くもの」なのに、うちは違う。
神社の半分が住宅で、手前が仕事場。電話が鳴れば子どもでも応対の練習をさせられ、お客様が来れば昼寝をしていようが呼ばれて挨拶。
年末年始もなければ、家族旅行も一度もなし。
食卓の雰囲気すら“その日の相談の出来”に左右されて、子どもながらにいろいろなことを感じていました。
祖父からは「いずれ継げ」と言われていましたが、言われれば言われるほど気持ちは離れていきました(笑)。
現在は母が代表として現役で続けていますが、当時の私は「自分は絶対に継げない」と思っていました。
その後、社会人として約15年間、外の世界で働きました。
家族経営の企業に入社し、血縁のない私が役員にまでなったんです。
報酬も地位も申し分ない。けれど、どこか満たされない。
「これが自分の使命なのか?」という違和感が常にありました。
すぐに実家に戻ることはせず、フリーランスとして独立。
並行して少しずつ家業にも関わるようになり、お祓いやご相談、出張同行などを経験しました。
ただ、当時の私は“神社の仕事だけで食べていくのは無理だ”と感じていました。
町の仕事を開拓できる見込みもなく、親が引退したら考えよう──そんなスタンスでした。
しかし、フリーランスとして動く中で「このままでは、いざ継ぐ時に何も分からない」と思うようになったんです。
そこから“宿命”の勉強を始めました。
祖父も母もやってこなかった、自分なりの視点で神の声を読み解く力を身につけようと。
「自分にしかできない形で、この仕事を理解したい」──そう考えたのが、私の転機でした。
家の目の前は小学校・中学校の通学路。通る友達からいつも見られるのが嫌で仕方なかったんです。
普通の家では「お父さんは会社に行くもの」なのに、うちは違う。
神社の半分が住宅で、手前が仕事場。電話が鳴れば子どもでも応対の練習をさせられ、お客様が来れば昼寝をしていようが呼ばれて挨拶。
年末年始もなければ、家族旅行も一度もなし。
食卓の雰囲気すら“その日の相談の出来”に左右されて、子どもながらにいろいろなことを感じていました。
祖父からは「いずれ継げ」と言われていましたが、言われれば言われるほど気持ちは離れていきました(笑)。
現在は母が代表として現役で続けていますが、当時の私は「自分は絶対に継げない」と思っていました。
その後、社会人として約15年間、外の世界で働きました。
家族経営の企業に入社し、血縁のない私が役員にまでなったんです。
報酬も地位も申し分ない。けれど、どこか満たされない。
「これが自分の使命なのか?」という違和感が常にありました。
すぐに実家に戻ることはせず、フリーランスとして独立。
並行して少しずつ家業にも関わるようになり、お祓いやご相談、出張同行などを経験しました。
ただ、当時の私は“神社の仕事だけで食べていくのは無理だ”と感じていました。
町の仕事を開拓できる見込みもなく、親が引退したら考えよう──そんなスタンスでした。
しかし、フリーランスとして動く中で「このままでは、いざ継ぐ時に何も分からない」と思うようになったんです。
そこから“宿命”の勉強を始めました。
祖父も母もやってこなかった、自分なりの視点で神の声を読み解く力を身につけようと。
「自分にしかできない形で、この仕事を理解したい」──そう考えたのが、私の転機でした。
“神主×宿命鑑定師”という新しい形
—伝統にデジタルを掛け合わせ、広がった「一心さん」の輪—
宿命を学べるコミュニティに入り、先生に弟子入りするような形で勉強を始めたのがきっかけでした。
その先生はなんと、お坊さん(笑)。
学びを続けていたところ、コロナ禍によって授業がオンラインに切り替わり、「勉強を続ければ鑑定師になれる」という新しい流れが生まれました。
せっかくなら挑戦してみようと思い、学び始めて5年目で宿命鑑定師の資格を取得。
「神主の格好をして鑑定師って、なんかおもしろいんじゃないかな」
そんな柔軟な発想を持てたのも、前職で多様な経験を積んだからこそだと思っています。
現場から採用、マネジメントまで一通り携わった経験は、今の活動にも確実に活きています。
しかし、学んでも“収益が出ない・売れない”という現実の壁に直面しました。
会社員時代のように仕組みがあるわけではなく、「どうやって自分を知ってもらうか」という課題にぶつかったんです。
そこでたどり着いたのが──SNSでした。
Instagramを中心に発信を始めたのは、その頃です。
「一心さん」という名前は、もともと家の屋号。
神道系の一派としての本家が別にあったため法人登記は別名にしましたが、その名前では“売れない”と思ったんです。
宗教というだけで“怪しい”と思われがちな時代。子どもからも「それじゃ売れないよ」と言われました(笑)。
そこで、古くから地域に親しまれている屋号「一心さん」を使い、地名を冠して「水原の一心さん」と名乗ることにしました。
今では、そのまま私自身の名前として呼ばれるようになりました。
Instagramの発信も、最初は神社の行事や風景が中心でしたが、次第に「一心さん自身が発信するInstagram」に変わっていきました。
今では動画配信やライブ配信も行い、コメント相談にもその場で答えています。
この4年間、Instagram・HP・公式LINE・Zoomなど、あらゆるオンラインツールを活用しながら、神社の枠を超えた新しい相談の形を築いてきました。
「このツールがなかったら、ここまで来られなかった」
そう感じるほど、SNSは今の一心さんに欠かせない存在となっています。
その先生はなんと、お坊さん(笑)。
学びを続けていたところ、コロナ禍によって授業がオンラインに切り替わり、「勉強を続ければ鑑定師になれる」という新しい流れが生まれました。
せっかくなら挑戦してみようと思い、学び始めて5年目で宿命鑑定師の資格を取得。
「神主の格好をして鑑定師って、なんかおもしろいんじゃないかな」
そんな柔軟な発想を持てたのも、前職で多様な経験を積んだからこそだと思っています。
現場から採用、マネジメントまで一通り携わった経験は、今の活動にも確実に活きています。
しかし、学んでも“収益が出ない・売れない”という現実の壁に直面しました。
会社員時代のように仕組みがあるわけではなく、「どうやって自分を知ってもらうか」という課題にぶつかったんです。
そこでたどり着いたのが──SNSでした。
Instagramを中心に発信を始めたのは、その頃です。
「一心さん」という名前は、もともと家の屋号。
神道系の一派としての本家が別にあったため法人登記は別名にしましたが、その名前では“売れない”と思ったんです。
宗教というだけで“怪しい”と思われがちな時代。子どもからも「それじゃ売れないよ」と言われました(笑)。
そこで、古くから地域に親しまれている屋号「一心さん」を使い、地名を冠して「水原の一心さん」と名乗ることにしました。
今では、そのまま私自身の名前として呼ばれるようになりました。
Instagramの発信も、最初は神社の行事や風景が中心でしたが、次第に「一心さん自身が発信するInstagram」に変わっていきました。
今では動画配信やライブ配信も行い、コメント相談にもその場で答えています。
この4年間、Instagram・HP・公式LINE・Zoomなど、あらゆるオンラインツールを活用しながら、神社の枠を超えた新しい相談の形を築いてきました。
「このツールがなかったら、ここまで来られなかった」
そう感じるほど、SNSは今の一心さんに欠かせない存在となっています。
“正しい導き”で人を救うために
—信仰でも商売でもない、“誠実な対話”としての鑑定—
世の中には、正しくない方法で占いや除霊を行う人も少なくありません。
高額な料金を請求したり、「あなたには何かが憑いている」と不安をあおったり──。
私は、そうしたやり方に苦しむ人を見てきました。
「もっと早く私のところに来てくれたら……」そう思うことが本当に多いんです。
だからこそ、Instagramなどで積極的に発信しています。
「騙される前に私に会ってくれ!」──そんな気持ちで(笑)。
実際、そうした経験をしたお客様も多く訪れます。
彼らは“悩ませることで信じさせる”人たちに心を乱され、時には経済的にも追い詰められている。
私が目指すのは、そうした人たちに“正しい知識”と“安心”を届けることです。
私の仕事は、お客様の立場や状況の中で「支払える対価」で受けていただくもの。
それ以上でも、それ以下でもありません。
問い合わせで「勧誘とかありますか?」と聞かれることもありますが、もちろん一切ありません(笑)。
「このあと壺とか売りつけませんからね(笑)」なんて、冗談を言うこともあります。
私たちには150年の歴史があり、正しいやり方で人の力になりたいという誇りがあります。
宿命を読み解く立場として、“ご自身の宿命を知る”ことは、豊かに生きる第一歩だと思っています。
生年月日から授かった宿命を理解し、現実の世界で活かすこと──
それが運気を上げ、自分らしく生きるための道です。
私自身も、会社員から家業を継ぎ、宿命鑑定師という道に踏み出すことで、「これが自分の宿命なのかもしれない」と思えるようになりました。
だからこそ、「知るだけではなく、使ってみてほしい」。
それが本当に自分に合っていると感じたなら、ぜひチャレンジしてほしい。
私の体験を通じて、“宿命を受け入れる勇気”を伝えていきたいと思っています。
高額な料金を請求したり、「あなたには何かが憑いている」と不安をあおったり──。
私は、そうしたやり方に苦しむ人を見てきました。
「もっと早く私のところに来てくれたら……」そう思うことが本当に多いんです。
だからこそ、Instagramなどで積極的に発信しています。
「騙される前に私に会ってくれ!」──そんな気持ちで(笑)。
実際、そうした経験をしたお客様も多く訪れます。
彼らは“悩ませることで信じさせる”人たちに心を乱され、時には経済的にも追い詰められている。
私が目指すのは、そうした人たちに“正しい知識”と“安心”を届けることです。
私の仕事は、お客様の立場や状況の中で「支払える対価」で受けていただくもの。
それ以上でも、それ以下でもありません。
問い合わせで「勧誘とかありますか?」と聞かれることもありますが、もちろん一切ありません(笑)。
「このあと壺とか売りつけませんからね(笑)」なんて、冗談を言うこともあります。
私たちには150年の歴史があり、正しいやり方で人の力になりたいという誇りがあります。
宿命を読み解く立場として、“ご自身の宿命を知る”ことは、豊かに生きる第一歩だと思っています。
生年月日から授かった宿命を理解し、現実の世界で活かすこと──
それが運気を上げ、自分らしく生きるための道です。
私自身も、会社員から家業を継ぎ、宿命鑑定師という道に踏み出すことで、「これが自分の宿命なのかもしれない」と思えるようになりました。
だからこそ、「知るだけではなく、使ってみてほしい」。
それが本当に自分に合っていると感じたなら、ぜひチャレンジしてほしい。
私の体験を通じて、“宿命を受け入れる勇気”を伝えていきたいと思っています。
会社情報
| 会社名略称. | 宗教法人 神道神心教東北本部 |
|---|---|
| 勤務先名 | 水原の一心さん |
| 本社住所 | 新潟県阿賀野市岡山町12‐55 |
| 代表者名 | 神主 安達 滋明様 |
| 事業内容 | 神主/開運鑑定師/人生軍師 |
| メッセージ | 最後に——受け継がれていく“祈り”のかたち いまは、母と私、そして小学生の息子の3人でお祓いをさせていただいています。 息子も私の姿を見て「やりたい」と言い、時々一緒に現場に行くんです。 お正月のお祓いでは、社長さんから「息子さんもぜひ連れてきて」と声をかけていただくこともあります。 小さい頃から私の隣で作法を見よう見まねで覚え、いまでは一人でもできるようになりました。 そうして少しずつ、“祈り”が世代を越えて受け継がれていくのを感じます。 もし「水原の一心さん」にお越しいただく機会がありましたら、 ぜひ小さな神主——“チビ神主くん”にも会ってみてください。 きっと、皆さまの心をほんの少し明るくしてくれるはずです。 |
| その他 | こちらもご覧ください‼ 《Instagram》 shigeaki_adachi suibara.isshinsan 《ホームページ》 https://shinshinkyo.com/ 上記QRコードよりご覧いただけます。 |
取材者情報
今回の社長へのインタビュアーのご紹介です。
「話を聞きたい!」からお問い合わせを頂いた場合は運営会社の株式会社採用戦略研究所を通して、各インタビュアー者よりご連絡させて頂きます。
| 取材者名 | ㈱採用戦略研究所 土田 |
|---|---|
| 住所 | 新潟県長岡市山田3丁目2-7 |
| 電話番号 | 070‐6433‐5645 |
| 事務所HP | https://rs-lab.jp |