私たちは、南魚沼という土地で、 自然一つひとつに向き合い、 その価値を明日へつないでいきます。【代表 原澤太一氏】
株式会社庄治郎商会/アイスライス株式会社
200年続く屋号を継ぐということ
7代目としての原点
庄治郎商会は、200年続いている会社です。
社名は、先祖の名である「庄治郎」から受け継がれてきました。
もともとは「庄治郎農園」という形で、父が個人事業主として農業を営んでいました。
初代から数えて、私で7代目になります。
私が南魚沼にUターンしたのは25歳のときです。
当時の規模は今の半分以下で、現場は父と地域のアルバイトの方で回している状況でした。
祖父と父は、自分たちの田んぼに加え、農協さんの受託苗を少しずつ引き受けながら、堅実に農業を続けてきた世代です。
長男として、いずれ家業を継ぐ覚悟は早い段階からしていました。
戻ってきた翌年に法人化したのも、「継ぐ」だけでなく、「経営者として責任を持つ」ためでした。
正直に言えば、継いだ当初は、思うようにいかないことばかりでした。
200年という歴史は誇りでもありますが、同時に重みでもあります。
その重みを背負いながら、どう次の時代につないでいくのか。
その問いと、日々向き合うところからのスタートでした。
社名は、先祖の名である「庄治郎」から受け継がれてきました。
もともとは「庄治郎農園」という形で、父が個人事業主として農業を営んでいました。
初代から数えて、私で7代目になります。
私が南魚沼にUターンしたのは25歳のときです。
当時の規模は今の半分以下で、現場は父と地域のアルバイトの方で回している状況でした。
祖父と父は、自分たちの田んぼに加え、農協さんの受託苗を少しずつ引き受けながら、堅実に農業を続けてきた世代です。
長男として、いずれ家業を継ぐ覚悟は早い段階からしていました。
戻ってきた翌年に法人化したのも、「継ぐ」だけでなく、「経営者として責任を持つ」ためでした。
正直に言えば、継いだ当初は、思うようにいかないことばかりでした。
200年という歴史は誇りでもありますが、同時に重みでもあります。
その重みを背負いながら、どう次の時代につないでいくのか。
その問いと、日々向き合うところからのスタートでした。
農業の現実と、向き合った日
問屋依存からの転換
当時、農業一本で会社を成り立たせることの厳しさを強く感じていました。
稲作と園芸は行っていましたが、販売はほぼ問屋さん任せ。
冬場は作物が作れず、通年事業にならない。
私自身も、2シーズンほど冬は近くのスキー場でパトロールのアルバイトに出ていました。
そこで、「このままでは持続しない」という現実を突きつけられました。
まず取り組んだのが、問屋依存からの脱却です。
小売販売を始めようと考えましたが、当時は商品すら整っていませんでした。
サンプルを取り寄せ、簡単なデザインを作り、袋にコピー用紙を詰め込み、資料を持って、営業に回る。
今振り返ると、無我夢中でした。
父からは強く反対されました。
精米して商品にすれば、クレームや管理の手間が増える。
玄米で卸せば、すぐに現金化できる。
現場としては、もっともな意見だったと思います。
それでも、利益幅の薄い構造を続けていては、雇用も未来も生めないと考えました。
父の反対を押し切り、少しずつ販路を切り拓いていきました。
現在は、苗場プリンスホテルをはじめ、湯沢ニューオオタニ、共立リゾートなど、複数のホテルとお取引をいただいています。
私はこれを「ホテル戦略」と呼んでいるのですが、
ホテルで食事をし、お米の美味しさを体験していただき、売店でお土産として購入していただく。
そして、そのお米はただの商品だけではなく、広告として自社ECサイトへつなげる。
“商品”であると同時に、“体験を伝える媒体”として位置づけています。
定期購入は月額制にしました。
一括払いの負担を減らし、続けやすくするためです。
この仕組みは、妻と一緒に試行錯誤しながら作り上げました。
キャッシュフローが安定すると、雇用を生むことができます。
販売の仕組みを変えたことで、会社の体質そのものが変わっていきました。
こうして販売の仕組みを見直し、通年で事業が回る土台は整ってきました。
ただ、それだけでは十分ではありませんでした。
売り方を変えれば、次に問われるのは「つくり方」そのものです。
量を増やすだけではなく、品質をどう安定させるのか。
自然相手の仕事だからこそ、感覚や経験だけに頼らず、
誰が関わっても再現できる形にしていく必要があると感じるようになりました。
一枚一枚、顔の違う田んぼとどう向き合うのか。
天候や土壌の違いを、どう記録し、どう次につなげていくのか。
そうした問いの先にあったのが、
データを軸にした米づくりでした。
稲作と園芸は行っていましたが、販売はほぼ問屋さん任せ。
冬場は作物が作れず、通年事業にならない。
私自身も、2シーズンほど冬は近くのスキー場でパトロールのアルバイトに出ていました。
そこで、「このままでは持続しない」という現実を突きつけられました。
まず取り組んだのが、問屋依存からの脱却です。
小売販売を始めようと考えましたが、当時は商品すら整っていませんでした。
サンプルを取り寄せ、簡単なデザインを作り、袋にコピー用紙を詰め込み、資料を持って、営業に回る。
今振り返ると、無我夢中でした。
父からは強く反対されました。
精米して商品にすれば、クレームや管理の手間が増える。
玄米で卸せば、すぐに現金化できる。
現場としては、もっともな意見だったと思います。
それでも、利益幅の薄い構造を続けていては、雇用も未来も生めないと考えました。
父の反対を押し切り、少しずつ販路を切り拓いていきました。
現在は、苗場プリンスホテルをはじめ、湯沢ニューオオタニ、共立リゾートなど、複数のホテルとお取引をいただいています。
私はこれを「ホテル戦略」と呼んでいるのですが、
ホテルで食事をし、お米の美味しさを体験していただき、売店でお土産として購入していただく。
そして、そのお米はただの商品だけではなく、広告として自社ECサイトへつなげる。
“商品”であると同時に、“体験を伝える媒体”として位置づけています。
定期購入は月額制にしました。
一括払いの負担を減らし、続けやすくするためです。
この仕組みは、妻と一緒に試行錯誤しながら作り上げました。
キャッシュフローが安定すると、雇用を生むことができます。
販売の仕組みを変えたことで、会社の体質そのものが変わっていきました。
こうして販売の仕組みを見直し、通年で事業が回る土台は整ってきました。
ただ、それだけでは十分ではありませんでした。
売り方を変えれば、次に問われるのは「つくり方」そのものです。
量を増やすだけではなく、品質をどう安定させるのか。
自然相手の仕事だからこそ、感覚や経験だけに頼らず、
誰が関わっても再現できる形にしていく必要があると感じるようになりました。
一枚一枚、顔の違う田んぼとどう向き合うのか。
天候や土壌の違いを、どう記録し、どう次につなげていくのか。
そうした問いの先にあったのが、
データを軸にした米づくりでした。
データでつくる、強い米づくり
再現できる農業へ
自然を相手にする農業では、
同じやり方を続けていれば、同じ結果が出るとは限りません。
同じ日に植えた稲でも、田んぼが違えば、土も水も育ち方もまったく違う。
そこに向き合わずに、「例年通り」を繰り返しても、品質は安定しないと感じていました。
だから私たちは、
感覚や経験だけに頼るのではなく、
一枚一枚の田んぼとどう向き合ってきたのかを、
きちんと“記録として残す”ことから始めました。
土壌の性質、水の管理、肥料の加減、作業にかかるエネルギー量。
すべてを可視化し、積み重ねていく。
そうすることで初めて、自然相手の仕事を、次の世代にも渡せる形にできると考えています。
資材価格が高騰する今だからこそ、土づくりの重要性を改めて感じています。
微生物や土壌の力を活かし、肥料に過度に依存しない。
そのために、実験と検証を繰り返しています。
また、JGAP認証も取得しました。
品質管理や労働環境など、100項目以上の基準を満たす必要がありますが、
一度仕組みを作れば、継続的に管理できる体制が整います。
この「証明できる農業」が、カーボンクレジット事業にもつながっています。
田んぼの水管理を工夫し、メタンガスの発生を抑えることで、CO₂削減量を算出する。
その価値を、社会に還元していく取り組みです。
農業を、次の世代へきちんと渡すために。
私は、再現性のある形で残していきたいと考えています。
同じやり方を続けていれば、同じ結果が出るとは限りません。
同じ日に植えた稲でも、田んぼが違えば、土も水も育ち方もまったく違う。
そこに向き合わずに、「例年通り」を繰り返しても、品質は安定しないと感じていました。
だから私たちは、
感覚や経験だけに頼るのではなく、
一枚一枚の田んぼとどう向き合ってきたのかを、
きちんと“記録として残す”ことから始めました。
土壌の性質、水の管理、肥料の加減、作業にかかるエネルギー量。
すべてを可視化し、積み重ねていく。
そうすることで初めて、自然相手の仕事を、次の世代にも渡せる形にできると考えています。
資材価格が高騰する今だからこそ、土づくりの重要性を改めて感じています。
微生物や土壌の力を活かし、肥料に過度に依存しない。
そのために、実験と検証を繰り返しています。
また、JGAP認証も取得しました。
品質管理や労働環境など、100項目以上の基準を満たす必要がありますが、
一度仕組みを作れば、継続的に管理できる体制が整います。
この「証明できる農業」が、カーボンクレジット事業にもつながっています。
田んぼの水管理を工夫し、メタンガスの発生を抑えることで、CO₂削減量を算出する。
その価値を、社会に還元していく取り組みです。
農業を、次の世代へきちんと渡すために。
私は、再現性のある形で残していきたいと考えています。
薪と火がつなぐ、森と暮らし
SLivingDesignの役割
通年事業を確立する中で、薪・薪ストーブ事業にも取り組んできました。
それが「SLivingDesign(エスリビングデザイン)」です。
きっかけは、湯沢で障がい者就労施設が行っていた薪事業でした。
事業と人を引き継ぎ、展開を始めましたが、当初は思うようにいかず、大きな失敗も経験しました。
それでも、培ってきた技術を無駄にしたくなかった。
キャンプ市場の拡大を受け、焚火用薪として再設計し、スノーピーク様とのご縁につながりました。
また、薪ストーブも取り扱っており、アウトドアや業務用途だけでなく、
一般住宅への提案も行っています。
私自身、建築の現場に長く携わってきた経験があるので、
新築はもちろん、既存の住宅への設置についても相談を受けています。
薪ストーブは、ただの暖房器具ではありません。
家の中に「火」があることで、
人が自然と集まり、会話が生まれ、暮らしの中心ができていく。
そんな価値を、住まいの中に届けたいと考えています。
その延長として、
MAKINO-BAというショールームも設けました。
ここでは薪ストーブのある空間を実際に体感していただきながら、
企業様向けのセミナーや、経営者同士の交流会なども行っています。
会議室で向き合うのとは違い、
火を囲むことで距離が縮まり、
自然と対話が生まれていく。
薪ストーブには、人と人の関係性を温める力があると感じています。
森の資源を活かし、
暮らしの中に循環を生み、
人が集う場をつくっていく。
この事業もまた、
自然と向き合い続ける中で広がってきた取り組みの一つです。
薪を扱う中で、森林整備の重要性を強く意識するようになりました。
森が過密になると、多面的機能が失われ、獣害や土砂災害の原因にもなります。
間伐材を有効活用し、森を循環させる。
薪は、その一端を担う存在だと考えています。
自然は、放っておけばいいわけではない。
かといって、無理に管理しすぎても続かない。
一つひとつの状態を見て、感じて、必要な分だけ手をかける。
その積み重ねが、暮らしを支え、次につながっていくのだと思います。
そう考えたとき、森と同じように、もう一つ見過ごされてきた自然資源があることに気づきました。
それが、雪です。
それが「SLivingDesign(エスリビングデザイン)」です。
きっかけは、湯沢で障がい者就労施設が行っていた薪事業でした。
事業と人を引き継ぎ、展開を始めましたが、当初は思うようにいかず、大きな失敗も経験しました。
それでも、培ってきた技術を無駄にしたくなかった。
キャンプ市場の拡大を受け、焚火用薪として再設計し、スノーピーク様とのご縁につながりました。
また、薪ストーブも取り扱っており、アウトドアや業務用途だけでなく、
一般住宅への提案も行っています。
私自身、建築の現場に長く携わってきた経験があるので、
新築はもちろん、既存の住宅への設置についても相談を受けています。
薪ストーブは、ただの暖房器具ではありません。
家の中に「火」があることで、
人が自然と集まり、会話が生まれ、暮らしの中心ができていく。
そんな価値を、住まいの中に届けたいと考えています。
その延長として、
MAKINO-BAというショールームも設けました。
ここでは薪ストーブのある空間を実際に体感していただきながら、
企業様向けのセミナーや、経営者同士の交流会なども行っています。
会議室で向き合うのとは違い、
火を囲むことで距離が縮まり、
自然と対話が生まれていく。
薪ストーブには、人と人の関係性を温める力があると感じています。
森の資源を活かし、
暮らしの中に循環を生み、
人が集う場をつくっていく。
この事業もまた、
自然と向き合い続ける中で広がってきた取り組みの一つです。
薪を扱う中で、森林整備の重要性を強く意識するようになりました。
森が過密になると、多面的機能が失われ、獣害や土砂災害の原因にもなります。
間伐材を有効活用し、森を循環させる。
薪は、その一端を担う存在だと考えています。
自然は、放っておけばいいわけではない。
かといって、無理に管理しすぎても続かない。
一つひとつの状態を見て、感じて、必要な分だけ手をかける。
その積み重ねが、暮らしを支え、次につながっていくのだと思います。
そう考えたとき、森と同じように、もう一つ見過ごされてきた自然資源があることに気づきました。
それが、雪です。
雪を資源として捉え直すということ
雪室がひらく、新しい可能性
雪は、南魚沼では長く「やっかいなもの」として扱われてきました。
生活や仕事の妨げになり、除雪に追われる日々が続く。
私自身も、そう感じてきた一人です。
ただ、米づくりや森林と向き合う中で、
次第に一つの疑問が浮かぶようになりました。
本当に雪は、ただの問題なのだろうか、と。
雪室という文化は、もともとこの地域に根付いていた知恵です。
電気に頼らず、自然の冷気で食材を守り、熟成させる。
0〜5度、湿度80%以上という、
人の手では簡単につくれない環境を、雪は当たり前のようにつくり出します。
私は、この雪の力を
地域の中だけで使われるものに留めたくないと考えました。
その想いから挑戦したのが、
コンテナ型雪室を展開するアイスライス株式会社の立ち上げです。
雪室を小型化・モジュール化することで、
雪のない場所にも、この技術を届けられるようにする。
それが、この事業の出発点でした。
現在は、研究機関や飲食店などとも連携しながら、
野菜や米、コーヒーなどを使った実験を重ねています。
ジャガイモは、一定期間雪室で保管することで糖度が上がり、
芽も出にくくなる。
コーヒーは酸化が抑えられ、
香りが保たれ、角の取れたまろやかな味わいへと変化していきます。
これらは感覚ではなく、データとして検証を続けている結果です。
このアイスライス株式会社の共同創業者Socialups 代表取締役社長
髙瀬章充さんとの出会いがなければ、
そもそも生まれていなかった構想だと思っています。
雪のない地域出身の高瀬さんは、
私たちが「当たり前」や「やっかいなもの」と捉えていた雪を、
資源として見てくれました。
その視点に触れたことで、
雪を再定義し、地域の外へ届けていく構想が具体的になっていったのです。
この事業には、私の中で解決したい二つの課題があります。
一つは、生産量が増える一方で、
十分な保管ができず価値を高めきれない農業の構造。
もう一つは、日本の食や地域の背景が、
海外に十分伝わっていないという現実です。
雪室は、保存や熟成の技術であると同時に、
生産者や地域のストーリーを伝える装置でもあります。
今後は、雪室で熟成させた食材の販売に加え、
コンテナの導入支援や貸し出し、
さらには食材ごとの保存データを蓄積する
データバンク事業へと広げていく構想も描いています。
雪という自然資源に向き合い、
その力を引き出し、循環させていく。
それは、これまで取り組んできた
米づくりや森林と、同じ延長線上にあります。
南魚沼の雪を、
次の価値へと変えていくこと。
それが、私たちが雪室事業に取り組む理由です。
自然とともに考え、自然とともに育て、
南魚沼から、次の時代へと価値を手渡していきたいと思っています。
生活や仕事の妨げになり、除雪に追われる日々が続く。
私自身も、そう感じてきた一人です。
ただ、米づくりや森林と向き合う中で、
次第に一つの疑問が浮かぶようになりました。
本当に雪は、ただの問題なのだろうか、と。
雪室という文化は、もともとこの地域に根付いていた知恵です。
電気に頼らず、自然の冷気で食材を守り、熟成させる。
0〜5度、湿度80%以上という、
人の手では簡単につくれない環境を、雪は当たり前のようにつくり出します。
私は、この雪の力を
地域の中だけで使われるものに留めたくないと考えました。
その想いから挑戦したのが、
コンテナ型雪室を展開するアイスライス株式会社の立ち上げです。
雪室を小型化・モジュール化することで、
雪のない場所にも、この技術を届けられるようにする。
それが、この事業の出発点でした。
現在は、研究機関や飲食店などとも連携しながら、
野菜や米、コーヒーなどを使った実験を重ねています。
ジャガイモは、一定期間雪室で保管することで糖度が上がり、
芽も出にくくなる。
コーヒーは酸化が抑えられ、
香りが保たれ、角の取れたまろやかな味わいへと変化していきます。
これらは感覚ではなく、データとして検証を続けている結果です。
このアイスライス株式会社の共同創業者Socialups 代表取締役社長
髙瀬章充さんとの出会いがなければ、
そもそも生まれていなかった構想だと思っています。
雪のない地域出身の高瀬さんは、
私たちが「当たり前」や「やっかいなもの」と捉えていた雪を、
資源として見てくれました。
その視点に触れたことで、
雪を再定義し、地域の外へ届けていく構想が具体的になっていったのです。
この事業には、私の中で解決したい二つの課題があります。
一つは、生産量が増える一方で、
十分な保管ができず価値を高めきれない農業の構造。
もう一つは、日本の食や地域の背景が、
海外に十分伝わっていないという現実です。
雪室は、保存や熟成の技術であると同時に、
生産者や地域のストーリーを伝える装置でもあります。
今後は、雪室で熟成させた食材の販売に加え、
コンテナの導入支援や貸し出し、
さらには食材ごとの保存データを蓄積する
データバンク事業へと広げていく構想も描いています。
雪という自然資源に向き合い、
その力を引き出し、循環させていく。
それは、これまで取り組んできた
米づくりや森林と、同じ延長線上にあります。
南魚沼の雪を、
次の価値へと変えていくこと。
それが、私たちが雪室事業に取り組む理由です。
自然とともに考え、自然とともに育て、
南魚沼から、次の時代へと価値を手渡していきたいと思っています。
会社情報
| 会社名略称. | 株式会社庄治郎商会/アイスライス株式会社 |
|---|---|
| 勤務先名 | 株式会社庄治郎商会/アイスライス株式会社 |
| 本社住所 | 新潟県南魚沼市上十日町337‐1/新潟県南魚沼市六日町140 |
| 代表者名 | 代表取締役 原澤 太一様 |
| こんな人に会いたい | この地域のことが本当に好きで、 自分がつくったものや、積み重ねてきた仕事を、 次の世代__子どもたちへとつないでいきたい。 そんな想いを持っている人と出会いたいと思っています。 目先の成果だけでなく、「この仕事を、誰に、どんな形で残していくのか」を考えられること。 そして、それを自分の言葉や行動で、次の世代に見せていこうとする姿勢を大切にしている人。 この地域で働くことに誇りを持ち、地域の魅力や価値を、未来へ手渡していく。 そんな仲間と一緒に、仕事ができたら嬉しいです。 |
| 事業内容 | 農業/薪・薪ストーブ販売/雪室コンテナ事業 |
| メッセージ | 私がこの新潟・南魚沼で事業を続けている理由は、とてもシンプルです。 この地域には、四季があり、山があり、雪があり、森林があり、農業があり、観光があります。 すべてが自然資源であり、それぞれがつながり合って成り立っています。 農業も、森林も、スキー観光も、すべては山の恩恵を受けている。 だからこそ私は、自然資源を循環させ、守りながら活かしていくことを事業の軸に置いています。 その資源を使った事業をつくり、企業を増やし、雇用を生んでいくこと。 それが自分の使命だと考えています。 これから目指しているのは、社会から「ずっと必要とされ続ける会社」をつくることです。 地方では、若者が外へ出ていく流れが止まりません。 ただ一方で、戻ってきたときに「ここで働きたい」「この仕事はかっこいい」と思える選択肢が、 まだ十分に用意されていないとも感じています。 だからこそ、南魚沼で働くことが誇りになるような仕事、地域の魅力を改めて再発見できるような仕事を、 ここにつくっていきたい。 世界中から「新潟・南魚沼は、食材の宝庫だ」 「雪室があるから、ここは本当に美味しい」 そう思ってもらえる地域にしていきたいと考えています。 雪室を通じて人が集まり、仕事の選択肢が増え、若い世代が「ここで働く」という未来を描けるようになる。 それが地域活性化につながっていくと信じています。 森がきちんと整備され、「森林整備といえば新潟」と言われるようになり、 農業が潤い、スキー場も美しく保たれる。 そんな循環を、この地域につくっていきたい。 庄治郎商会は、200年続いてきました。 だからこそ、次の200年をどう残すのかが、私の役割だと思っています。 土と火と雪―― この土地にある資源を活かしながら、 未来につながる仕事を、これからも一つひとつ積み重ねていきます。 |
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取材者情報
今回の社長へのインタビュアーのご紹介です。
「話を聞きたい!」からお問い合わせを頂いた場合は運営会社の株式会社採用戦略研究所を通して、各インタビュアー者よりご連絡させて頂きます。
| 取材者名 | ㈱採用戦略研究所 土田 |
|---|---|
| 住所 | 新潟県長岡市山田3丁目2-7 |
| 電話番号 | 070‐6433‐5645 |
| 事務所HP | https://rs-lab.jp |