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夢は、叶えるものじゃない。叶うものだ__バスケットを通して身につけた力を、未来で活かせるように【代表 佐藤公威氏】

株式会社230 dreams(ツースリーオードリームズ)

NBAとの出会いから、プロの世界へ

「プロに“なるもの”だと思ってました」

バスケットボールと出会ったのは、小学5年生のときでした。
放送委員会に入っていて、たまたまその日の放送で流れていたNBAの試合のビデオ。
目に入った映像の中に、ものすごくかっこいい選手がいて、その瞬間に心を奪われました。
あれが、すべての始まりです。

当時はクラブチーム文化もなく、放課後のミニバスで1時間ほどボールに触る程度でした。
落ち着きがなく、じっとしていられない子だったと、よく言われていました。
それでもバスケットの時間だけは、不思議と夢中になれたんです。

中学・高校でもバスケット部に所属。
中1では153cmだった身長が、中3の終わりには183cmまで一気に伸びました。とはいえ、決して「注目選手」だったわけではありません。スキルも、今の子どもたちほど高くなかったと思います。

ただ、とにかく負けず嫌いでした。
ボールを取られたら取り返す。それだけを考えてコートに立っていました。

「プロになりたいと思ったきっかけは?」と聞かれることがありますが、実はあのNBAの映像を見た瞬間から、「プロになるものだ」と思い込んでいました。「目指す」という感覚ではなく、「なるもの」それくらい強く心が動いたのだと思います。

高校卒業後は、新潟工業短期大学へ。
入部時に監督から「どうなりたい?」と聞かれ、「プロになりたいです」と答えると、
「ならしてやるよ。…俺と馬が合えばな」と返されました。

その言葉の意味は、すぐに理解します。
とにかく練習量がすごい。「四年制に勝ちたいなら倍練習しなきゃ勝てない」
そんな指導の中で、地方の短大が全国大会で初めて“一勝”を挙げるという経験をしました。
これは今でも胸を張れる誇りです。

2年間は地獄のようで、同時にかけがえのない素敵な時間でした。
このときの監督のおかげで、今の自分のメンタルがあり、その後18年のプロキャリアを支える土台になりました。

20歳でプロ入りし、18年間プレーしました。
外から見るプロは華やかですが、実際は6〜7割が苦しいこと。
楽しい一瞬のために、日々の苦しいトレーニングを積み重ねる生活でした。

引退を決めた夜と、230 dreams のはじまり

アオーレからの帰り道、「辞めよう」と決めた瞬間

現役時代、60試合あったら58試合は、気持ちとパフォーマンスが比例していました。
気持ちを入れれば身体が自然とついてくる。

しかしある時期から、気持ちは熱くなるのに身体がついてこない。
そのズレが大きくなっていきました。

アウェイ戦会場へ向かうバスの中。
以前なら会場に着くまで頭の中で良いプレーをイメージして気持ちを高めていたのに、ふと窓の外を見ると、公園で遊ぶ親子の姿が目に入ってきました。

「いいなぁ……家に帰りたい」

アスリートがそう思った瞬間が、潮時でした。

最終戦を終え、長岡のアオーレから新潟へ帰る夜。
高速道路から見えた新潟市の夜景がやけに綺麗で、空気も澄んでいて。
心の中で静かに決めました。

「もう辞めよう。これからは、自分のやりたいことで生きていこう」

帰宅してすぐ妻に伝えると、「やったー!」と笑って言ってくれました。
苦しそうな姿を見続けてきたからこそ、出た言葉だったのだと思います。
クラブにも辞める意思を伝え、静かに現役生活に幕を下ろしました。

プロ契約が終わり、その後の私は何も仕事がありませんでした。
知り合いの社長さんに「勉強させてください」とお願いし、お米の配達の仕事をさせてもらうことになります。はじめて作業着を着て、30kgの米袋を何十袋も運ぶ日々。農家さんに「テレビ出てたねっか」と言われることもありました。

体力的にはかなりきつい仕事でしたが、「お米を残しちゃいけない」「農家さんを大事にしなきゃ」という気持ちが自然と強くなりました。この経験が、今取り組む「お米の仕入れ・卸」の仕事につながっています。

そして株式会社230 dreams(ツースリーオードリームズ)を立ち上げました。
まずは「自分がやりたいことをやる」会社。
幼少期にバスケットに救われた経験を、若い世代へバトンとしてつないでいく__そんな想いを掲げています。

クラブのきっかけは、“自分の子どもにバスケットを教えようかな”という、何気ない思いつきでした。

最初は子ども2人と友達1人の、たった3人。
体育館を借りて、「じゃあ始めます、お願いします!」
__その小さな一歩から、今へとつながっています。

現在と、“230らしさ”という指導軸

技術より伝えたいこと

現在、株式会社230 dreams では複数の事業を展開しています。
クラブチーム・スクール運営、ネイル事業、アパレル事業、新潟工業短期大学の非常勤講師、お米の仕入れ・卸売。どれも少しずつ形にしてきたものです。

中でもバスケットクラブチーム「Team230」は、口コミで少しずつ仲間が増えました。
子どもたちが来る理由は本当にさまざまです。
プロを目指す子、体力をつけたい子、友達と楽しみたい子。

Team230には、仲間を蔑んだり、いじめたり、からかったりする空気はありません。
これは技術以前に必ず伝えていることです。

技術面でも、レベル分けはしていません。初心者も経験者も同じ空間で練習します。
「まずやってみること」を大事にしているからです。できる子のそばで一緒に動いてみる、コーチの話を聞きながら一歩踏み出してみる。ミスをしても構わないし、結果は二の次です。

指導で特に伝えているのは、
・ありがとうと感謝
・話をしっかり聞く
・与えられた時間を精一杯やる
というシンプルだけど大切なことです。

「話を聞く」は、ただ耳で聞くのではなく、受け入れ、理解し、次を予測しながら聞くこと。大人になってから苦労しやすい部分だからこそ、今のうちから身につけてほしいと思っています。

そして何より、バスケットができているのは家族の支えがあってこそ。
「ありがとう」を忘れないでほしいと伝えています。

怒鳴ったことは一度もありません。
子どもたちの成長は、ワンプレイごとに表れます。
立ち向かった姿、感情を抑えられた瞬間、よく我慢した場面。
そうした姿を見られるのは、何より嬉しいことです。

バスケットを通して子どもたちへ届けたい

“好きなこと”から学んだことを、未来で活かせるように

新潟の子どもたちと接していると、本当に魅力と可能性を感じます。
昔から“バスケット王国”と言われてきた土地柄もあり、指導者のレベルが高く、子どもたちの身体能力も優れています。県外遠征では大差で勝つこともありますし、「230の子たちは止まれるよね」「状況判断がいい」「連動している」と、他の指導者から声をかけていただくことも多いです。

クラブ創設から4年。初期メンバーはいま高校2年生です。
まだ進路を具体的に話す子は多くありませんが、この先どんな未来を選んでも楽しみです。

バスケットは、あくまで“ツール”です。
将来、バスケットを仕事にできる子は本当に僅かかもしれません。それでも、好きなことに打ち込む中で身につく仲間を大切にする気持ち、感謝する心、話を聞き本質を理解する姿勢__これらはどんな社会でも求められる力です。

ただ、今の日本は少子高齢化が進み、2040年問題がある中で、これからの若い世代はますます必要とされます。好きなことだけでは生きていけない場面が、必ずやってきます。
だからこそ、好きなことを通して身につけた力を、その先の人生で活かせるようになってほしい。

クラブを卒業し、社会に出たとき、環境や立場が変わっても、自分の足で前に進める大人になってほしい。そしてもし壁にぶつかったときは、「最後はうちに帰ってこい」と言える存在でありたい。

これが、私がバスケットを通して子どもたちへ届けたい願いです。

これからの230 dreams

描いている未来

現在、株式会社230 dreamsは基本的に私ひとりで動かしています。
すべて抱えるのは大変ですが、その分、社会の仕組みを学べる時期でもあります。
プロの頃は契約で評価されましたが、今は自分で売上の道筋をつくる必要があり、それが大変であり、同時にやりがいでもあります。

組織としては、今後スタッフを迎えられる体制を整えたいと思っています。
人を増やすというより、いまある事業の“柱を太くする”感覚に近いです。将来的には、任せられる仲間が自然と集まる組織にしていきたい。

バスケットでは、アンダーカテゴリーの代表選手を輩出したいという夢もあります。
もしチャンスがあるなら、プロの指導者にも挑戦してみたい。
新しいステージへの興味も確かにあります。

一方で、お米の卸の事業も大切な柱のひとつです。
農家さんと契約し、飲食店や食堂へ卸す仕事は、奥が深く、簡単ではありませんが、しっかりとやりがいがあります。今は営業が中心ですが、いずれはホームページを整え、販路も広げていきたいと考えています。

私は新潟が好きです。
「恩返し」というほど立派なものではありませんが、新潟で生き、新潟で頑張りたい。クラブチームを支えてくださる協賛企業の皆さんから「公威の夢を応援するよ」と声をかけていただけることが増え、その存在が大きな励みになっています。

230 dreams は、バスケットだけの会社ではありません。
自分がやりたいことに挑戦しながら、人の未来を支える会社でありたい。

そして、いつか思い描いている組織の形をつくれるように
これからも、一日一日を積み重ねていきたいと思っています。

会社情報

会社名略称. 株式会社230 dreams(ツースリーオードリームズ)
勤務先名 株式会社230 dreams(ツースリーオードリームズ)
代表者名 代表 佐藤 公威様
1年後〜3年後の目標 ■ 全国大会への出場を果たしたい。
バスケットボールの育成期では「勝利至上主義は良くない」という前提があります。
それでも、今の子どもたちは“本気で勝ちたい”と思って練習しています。
だからこそ、大事なことを伝えながら勝利も目指す、その両立を実現したい。
全国大会への出場は、その象徴となる一つの目標です。

■ アンダーカテゴリーの代表選手を輩出したい。
実力だけを求めるのではなく、「姿勢」「考え方」「向き合い方」を大切にする230の指導だからこそ、次のステージで戦える選手を育てたいという想いがあります。

■ 事業の“柱を太くし”、スタッフを迎えられる組織へ。
人を増やすより 今ある事業をしっかりと育てたい。
そのうえで、対価を支払える形でスタッフを迎え、任せられる仲間と組織をつくることが今後の目標です。
こんな人に会いたい 夢を共有できる人。
うまくいかない時も投げ出さず、前を向ける人。

夢は「叶える」ものじゃなく、「叶う」もの。
叶わないのは、途中で人が諦めてしまうだけだと思っています。

230の価値観に共感し、自分の夢を持ち、それを行動で示せる人。
そんな「共に未来を描ける仲間」に出会えたら嬉しいです。
事業内容 新潟県U12・15男子バスケットボールクラブチーム運営/バスケットボール解説/講演活動/230アパレル事業/YouTube d-ch佐藤公威ドリームズチャンネル運営
メッセージ こちらもご覧ください!
【Instagram】@team_230_d

取材者情報

今回の社長へのインタビュアーのご紹介です。
「話を聞きたい!」からお問い合わせを頂いた場合は運営会社の株式会社採用戦略研究所を通して、各インタビュアー者よりご連絡させて頂きます。

取材者名 ㈱採用戦略研究所 小林
住所 新潟県長岡市山田3丁目2-7
電話番号 070-1476-9740
事務所HP https://rs-lab.jp/

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